衆議院議員 茨城県第2区 ぬかが福志郎自由民主党

ぬかが福志郎の活動報告

2008年10月

2008/10/01

永年在職議員(25年)表彰
衆議院議長応接室

 本日、院議をもって永年在職議員表彰の栄誉を賜りましたことは、身に余る光栄であり、感動的であります。
 初当選以来、今日までご支援を頂いて参りましたふるさと茨城の選挙区の皆様をはじめ、私と政治活動を共にして育てて頂いた後援会の皆様方、また、これまでご指導を頂いた先輩・同僚議員の皆様方、さらに、いつも心の支えとなってくれた家族やスタッフの皆様方に対し、改めて心を込めて感謝を申し上げたい気持ちで一杯であります。
 私が政治を志したのは、高度成長時代がスタートした昭和35年の頃でありました。当時、私が生まれた茨城県の農村地域は貧しい経済状態にあり、勉強が出来て向学心に燃える学生でも進学できない仲間がたくさんいることに憤りを感じるようになり、平等な教育の機会を妨げている政治のあり方に関心を持ち、高校時代に「政治家になりたい」と日記に書いたことがあります。
 私が初当選をしましたのは、昭和58年12月に行われた第37回総選挙であり、通称、マスコミ的にはロッキード選挙と言われ、自民党にとっては最悪の逆風の中の審判でありました。以来、連続8回の当選をさせて頂き、自民党の野党転落、北朝鮮のミサイル発射、バブル経済崩壊、未曾有の金融危機など、まさに激動の中で政治のあり方を見つめてきました。
 私が初入閣をしましたのは、平成10年、小渕内閣の防衛庁長官でした。私は、これからの中央政府は、外交防衛、治安、税財政など国家の基本的分野を担い、地域住民に近いサービスは地方自治に移譲すべきであるとの考えを持っていましたので、外交防衛問題を勉強しようと考えたのです。
 さらに、私は小泉内閣時代にも防衛庁長官を拝命しましたが、奇しくも、在任中いずれも北朝鮮のミサイル発射事案に直面し、私は未整備であった安全保障体制の法整備などに全力を注いできました。
 また私は、森内閣の経済財政担当大臣、福田内閣の財務大臣として、経済、財政問題に関わりました。
 今、国民が求めていることは、強い日本経済を復活させるために次なるリーディング産業を育成することであります。それは、新エネルギーの開発や環境問題の解決、さらには医療、教育などの分野で活性化を図ることであります。特に、少子高齢化社会を乗り切っていくために、医療、年金、介護などの社会保障制度の抜本的な改革を行うと同時に、消費税の引き上げなどで財源の手当ても提示し、若者に希望を、お年寄りに安心を与えることが政治の責任であると考えています。
 一方、わが国は、21世紀は世界に開かれた「改革開放」の国づくりが求められていると思います。日本は、海外から閉じられた国というイメージを持たれてはいけないと思います。まずは、この日本の国を「知ってもらう」ことからはじめ、「来てもらう」「働いてもらう」「投資してもらう」国にする必要があると思います。
 私は、今後、日本のあるべき「国の姿」及び理念と政策を追求していくことで選挙区と国民の皆様に恩返しをしていくことをお誓い申し上げて、お礼のごあいさつといたします。