自由民主党衆議院議員 茨城県第2区 ぬかが福志郎

ぬかが福志郎の今週の直言

2009年10月

2009/10/29

平成研究会 総会 会長あいさつ要旨

 今回は劇的な敗戦、敗北の後ですから、今後の党改革や国会運営において、これからは歴史的な再生再建をしていかなければならない。それくらいの覚悟を決めてやっていかなければならないと思います。

 いよいよ国会も始まり、衆参共、本格論戦がスタートしたところです。連日党本部、あるいは国会において、汗を流されている党所属議員の皆様に対して、心から敬意を表します。

 昨日は衆議院の代表質問、そして今日は参議院の代表質問です。マスコミや多くの皆さんも共有する印象ですが、私も鳩山演説を聞いていて、具体的な政策、あるいはどういうふうに政策を決めていくか、そういう手順が全く示されていない。抽象的な概念の説明に追われている。そういう印象を強く持っています。抽象的な概念を言うだけでは政策になりません。これからの論戦の中でしっかりと追及をしたいと思います。

 例えば、八ツ場ダムの中止や、後期高齢者医療の廃止などを散りばめていますが、これだけでは政策になりません。選挙スローガンですから、具体的な政策に結び付けていくためには、きちっと対案を出さなければならないと思います。我々も質問をするときには、当然そういう形を作っていくことが大事だと戒めておきたいと思います。

 もう一つは新聞等マスコミにもあるように、民主党の政策決定は、きちっと議論をしないままに、ほんの一部の人だけで出しているということです。これは密室政治的な感じがします。やっぱり国民から選ばれた議員や、国民全体の皆様方に問題を投げかけ、意見を吸い上げて政策に結び付けていく必要があるという観点からすると、他党のことながら、民主党内には自由も民主的な姿もないと懸念を持っています。

 いずれにいたしましても、我々も今後この国会の場で論争をしていく中で、問題点を浮き彫りにしていくことが大事であると思います。

 私が政策の問題で一番懸念をしているのは、「日米関係」「米軍再編」の問題です。これは早急に決断してもらわなければならないと思います。昨日の論戦の中で鳩山総理は、「10年も長引いてきたのは、どこの政権がやってきたのか」という答弁でした。閣僚で色々な意見が食い違っていますが、「最後は自分が決断する」ということでした。この10年余り、普天間移転の問題がなかなか決着していないという件について、私も2005年に防衛庁長官を拝命したときにこの問題に取り組みました。そういう思いもあるので説明をさせていただきたいと思います。

 これは「橋本・モンデール会談」で普天間基地が全面返還されることになり、どこに普天間の場所を移すのかという議論について、最初は、辺野古や、あるいは沖合いなど色々な議論がありました。最終的には辺野古沖合いに決定をしました。しかし猛烈な反対運動が起こって、10年余り過ぎても結果的にはボーリングも杭一本も打てなかった。それは反対陣営が舟を出して運動を繰り広げ、最悪の時は皆が海に飛び込んで反対運動を続けました。だから海上保安庁の舟が出ても、スクリューに巻き込んで死者を出してはいけないということで、舟を止める。そうすると仕事はストップする。

 そして結果的には地元と話し合いをしている過程で、2004年でした。沖縄の普天間基地のヘリが沖縄国際大学に墜落をしました。あの市街地のど真ん中でヘリの墜落事故が起こったときに、アメリカのラムズフェルド国防長官は「こんな市街地のど真ん中で訓練をしているのか。とても常識では考えられない」と述べました。そういうことから普天間を移転しようということで、国会の場でも、自民党でも皆、意を決して今のキャンプシュワブ辺野古の陸上に、あるいはまた海岸をまとめて、実現可能性のある立地をしていこうということで今日に至っています。

 当時、一番大事なことは、地元の辺野古住民の理解を得ることだと私は考え、辺野古住民の理解を得ました。その次に名護の市長にお会いして、「地元がOKだから、市もOKしてください」ということで原則的に合意をした。そして次に知事さんに「市もOKしているので、県が反対する理由はないですよね。抑止力の維持と、沖縄の負担を軽減するために何とかしよう」ということで普天間の辺野古移転の仕事をしました。

 時間がかかったのは、丁寧に、丁寧に反対の人たち、地域の住民、県民の皆さん方に説明をし尽くして合意を得てきた。民主的に親切に、そして透明性を持って情報を開示してあの状況を作り上げました。だから時間がかかるわけです。そういうことを是非分かってもらわなければならない。その上に立って、今でも普天間では毎日訓練が行われ、いつ何時事故が起これば大惨事になりかねない危険性を伴っていますから、一刻も早く解決をしなければならないという地域住民や県民の立場に立って、決断をしてもらいたいということを強く思っています。

 この問題について我々の先輩は、皆沖縄に力を注いで参りました。我々のグループの先輩であります佐藤栄作首相が沖縄返還を行い、橋本首相が普天間の全面返還を約束し、小渕首相は沖縄でサミットを開き、沖縄の自立的な経済圏、アジア開放への窓口にして、北東アジアの発展の土台にしよう。そういうことを考えてきた我々グループは、言ってみれば先輩たちの思いを込めて、日本の安全保障と沖縄県民の安全、豊かさを追求していく。そういう意味でも、はっきりと決断をしていただかなければならない政策について申し述べさせていただきました。

 また今後は、議席を得られなかった方々がわがグループで沢山います。そして今各市町選挙区の支部長を決める段取りを行っていますので、我々のグループの皆さん方の声を率直にヒアリングして、そして次なる参議院の選挙、あるいはまた総選挙に向けて、仲間のために共に汗をかき、次の選挙において勝利を目指す。反転攻勢のきっかけをつかむ。そういう形を皆と共につくりたいと思います。

 皆さんも議席を失われた方々とお互いに助け合っていきましょう。月に1回か2回そういう方々に来ていただいて、中央でどういう組織改革をして、国民に対してどういうアピールをしているのか。政策はどういうことをしているのか等々を報告します。あるいはまた勉強の場をつくりますので、各先生方も是非参加をしていただいて、ご説明をしていただければありがたいと思います。

 この国会は健全な野党として、自由民主党の将来にかけるきっかけを掴むように、お互いに努力していくことを誓い合って、私の挨拶にかえたいと思います。